ホーム > 埼玉県警について > 埼玉県警察本部見学のご案内 > 警察あれこれ

ここから本文です。

警察あれこれ

1.警察はなぜ「警察」というのでしょう?

警察官のイラスト1

「警察」という言葉は、明治の始めにヨーロッパから警察制度を取り入れたときにできました。
「警」は、社会に犯罪や事故が起きないように警戒すること、「察」は、犯罪や事故が起こるのを防ぐために、それをあらかじめ知ることの意味で、国民を犯罪から守る仕事として「警察」という言葉が作られました。

2.交番制度が誕生したのはいつでしょう?

町の中に「交番」という建物を置き、そこを中心に制服の警察官が活動するという制度は、明治7年に日本(東京)で生まれました。
当初は、建物がなく、交差点などの特定の場所に警察署から交替で出向き、立番等をしながら町を守っていましたが、雨の日や風の日などは大変であったので、明治14年に建物が建てられました。
この当時は、「交替で番をするところ」という意味で「交番所」と呼ばれ、明治21年10月に「派出所」、「駐在所」という名前で全国統一されています。
埼玉県では、明治15年に「大宮」、「蕨」、「川口」等28カ所に交番所が新設されました。
なお、「交番」という呼び名が市民の間に定着し、この名称が国際的にも通用するほどになっているため、平成6年11月に名称を「派出所」から「交番」に改めました。

警察官のイラスト2

3.「110番」のはじまりはいつでしょう?

110番の始まりは、昭和23年10月1日に東京・大阪・京都・名古屋等の8つの主要都市の警察に開設されましたが、当初の番号は、東京が「110」大阪・京都が「1110」、名古屋が「118」にするなど都市により番号がまちまちでした。このため、利用者が警察に知らせるときに番号を間違えるなどの不都合が生じたため、昭和29年に全国的に、現在の「110番」に統一されました。

埼玉県では、昭和27年に、「110番」を開設しましたが、当初は、いくつかの地域に分かれて通信指令室が置かれていました。
現在のように、県内の110番が、すべて警察本部(さいたま市)の通信指令室につながるようになったのは、昭和52年からです。
警察官のイラスト3

なぜ「110番」なのか?

緊急の通報先なので、利用者が慌てているときなどでも、間違えにくく、忘れにくい番号にする必要がありました。

当時の電話はダイヤル式だったため、緊急性を考慮してダイヤルを回す距離が1番短い「1」を多くし、かけ間違いを減らすために、最後の1けたはダイヤルを回す距離が1番長い「0」を使うことにしました。

警察官イメージ

4.パトカーのはじまりはいつでしょう?

昭和25年6月に、アメリカ軍から譲り受けたオープンカーにFM無線機を取り付けて、東京の浅草・築地などの盛り場をパトロールしたのが始まりです。
埼玉県では、昭和25年に、朝霞、川越、草加など7カ所の警察署に配備されました。

警察官とパトカーイメージ

5.パトカーは、なぜ白と黒なのでしょう?

パトカーが日本に初めて登場した当時は、日本で生産される自動車のほとんどが白であったため、パトカーも白一色にすると他の車との見分けがつかなかったのです。
そこで、昼でも夜でも、また遠くからでもパトカーであることがひと目で分かるようにするため、白色自動車の下半分を反対色の黒色に塗りました。これが、パトカーを白と黒の二色にしたはじまりで、昭和30年には全国的に統一されました。また、昭和36年には、回転式警光灯(赤色灯)が初めて採用されました。

警察官のイラスト5

6.白バイのはじまりはいつでしょう?

警察で、オートバイを使うようになったのは、パトカーよりずっと前の大正7年1月のことで、警視庁で初めて使われましたが、当時は「赤バイ」と呼ばれた車体が赤色のオートバイでした。
現在のような白バイが登場したのは、昭和11年8月のことで、埼玉県では、昭和21年に浦和・熊谷・越谷の3カ所の警察署に登場しています。
現在白バイは、警察署や交通の指導取締等で活躍しています。また、埼玉県警察には「スキップ」と呼ばれる、女性警察官で編成されている白バイ隊もあります。

白バイ隊員イメージ

お問い合わせ

広報課 

電話:048-832-0110(代表)